「なぁ、あれ。富田理恵じゃないか?」
新宿のライブハウスで自分たちの出番が終わって、ギターアンプのコードを巻いていた博久は、同じ大学のバンド仲間である中西修二の声に客席の方を振り返った。確かに理恵がいる。今日のライブは自分たちで最後で、店内の客は理恵たちの他にあと2組しかいない。
「ああ、そうだな。今日は男と一緒か」
「付き合ってんのかな?俺、あの子ちょっとねらってたんだけどな」
嘘か本当かわからない調子で修二が言う。
「馬鹿か、おまえ。おまえとじゃどう考えたって釣り合わないだろ?」
「逆玉と言うのもありうる」
「あるわけないだろ」
理恵は親しい友人たちと一緒に、時々このライブハウスにやってくる。それは知っていたが、男連れとは驚いた。
「リーマン相手とは恐れ入ったぜ。あの女、なかなかやるな」
「そんな言いかたすんな。どういう相手かまだわからないだろ」
修二が怒って言った。
「本気でそんなこと言ってんのか?」
「確かめてくる」
博久が止めるのも気にもかけず、修二は途中まで巻いたベースアンプのコードを床に放り出して理恵の席に向かった。
「こんばんは」
突然自分たちの席に現れたさっきのバンドのベーシストに、理恵も廉も驚きを隠せず、目をまるくした。
「いつも来ていただいてありがとうございます。今日の演奏、楽しんでいただけましたか?」
修二の声はちょっと上ずっているようだった。後から追いかけてきた博久はそのすぐ後ろで、はらはらしながらその様子を見ていた。
「…どちらかでお会いしました?あら。南くん」
修二はそれを聞いてうなだれたが、さすがに同じピアノ科の同級生には気づいたらしい。
「邪魔してごめん。でも、今気がついたなんてひどいじゃない?前からずっと出てたのにさ」
もはや声のでない修二のかわりに博久が文句を言った。
「ごめんなさい。廉さん、この人同級生なの。あぁ、この人もよね?」
理恵は廉に目配せした。
「カレシ?」
博久の問いに、理恵は一瞬まじめな顔になり、いたずらっぽく笑って言った。
「そうね。いずれそうなるかもね」
「そうなるかも?」
修二はそこには敏感に反応した。理恵は意味ありげに高笑いした。
廉はどう見てもかわいそうな修二に追い討ちを掛けるような理恵の態度に内心あきれていたが、あえて言葉にはしなかった。
「今日はさっきのステージで終わりなんですけど、どうぞ良かったら、また来てください。モダンジャズはお好きですか?言っておいてもらえばスタンダードはリクエストにもお答えしますから」
打ちひしがれた修二を後ろにやって、博久が替わりに挨拶した。
「なかなかいいオリジナルでした。また来ます」
特に誰からも説明を受けたわけでもないのに、演っていたのがオリジナルとわかっていたのか。理恵は実は自分があまりコンテンポラリージャズを知らないので、廉のその発言に驚かされた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
博久はぺこりと頭を下げると、修二を連れて片付けにもどった。
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