「だから学生は嫌なのよ! 責任感がない。お金をもらって働いてるっていう自覚に欠けるわ。友達なんでしょ? あなたが責任取りなさい!」
温子のキンキンした声がロビーに響き渡った。こうなるかもしれないとわかってはいたが、泉は内心うんざりしながら頭を下げた。
ちょうどそこへ、いつものように森嶋と千葉が外から戻ってきた。温子はエレベータホールに背を向けていたので、それに気づいていなかった。
「どうしたんですか? 廊下まで聞こえるような声で」
森嶋と千葉が受付にやってきた。
「あ、部長〜。聞いてください〜! もうレッスンが始まるって言うのに、石井さんが急に休みだって言うんです」
温子は森嶋には甘い口調でおねだりするように文句を言う。
「生徒さんは何人ですか?もう来てらっしゃるんですか?」
グループレッスンの生徒さんが3名。8時から4名いらっしゃいます」
受け付けのスタッフの尾崎が代わりに答えた。
「吉野さん、あなたのクラスは何人ですか?」
急に話を振られた泉はちょっと驚いた。
「ええ…と。6時からのグループは3人ですけど」
「では、石井さんのところの生徒さんが希望されたら、一緒にレッスンしてください。尾崎さん、8時からの生徒さんを調べてください」
尾崎はうなずいて早速仕事にかかった。泉は生徒が6人になって大丈夫だろうかと頭をめぐらせていたが、森嶋が泉に言った。
「吉野さん、石井さんのクラスに行きましょう。生徒さんに希望を聞きに行きます。それに、あなたのクラスの生徒さんにも一応、了解を取らないと」
森嶋は千葉に自分のかばんを預けて泉を教室の方に促した。
「あ、部長。それは私が…」
温子が言いかけたが、森嶋は温子に笑って言った。
「8時からの生徒さんに振り替えレッスンの案内をしてください。高梨さんは責任者だし、お客様のフォローはやっぱり高梨さんじゃなきゃね?」
温子はその森嶋の笑顔に、驚いたというより、やられたという感じだった。
確かに、こんな二枚目におだてられたら誰だって嫌と言わないだろう。泉は、ずいぶん見え透いたやり方だと思った。
受付から見えなくなったところで、森嶋が泉に訊ねた。
「で、石井さんは一体、どうしたの?」
泉は森嶋にどう返事をしようか迷ったが、結局、温子に言ったとおりに答えた。
「具合が悪いそうです」
森嶋は泉の目をじっと見詰めた。泉が視線を決まり悪そうに避けたのを見て、その話が本当でないことを悟ったが、あえて何も言わなかった。
真紀のクラスの生徒たちは既に教室で待っていた。今日、講師の具合が悪くなって急に休みになったこと、また、希望者は泉のクラスへ行っても良いことを森嶋が伝えると、生徒たちは泉のクラスのレッスンを受けてみたいと言った。若い女性ばかりだったが、泉のクラスはちょっとかわっていて楽しいと、生徒たちの間で噂になっていたからである。
一方で泉は、自分のクラスの生徒たちに、今日だけグループに参加する生徒が3人来ることを伝えなければならなかった。
もともと3人しかいないグループに、3人も新人が来たら嫌がるかもしれない。
泉は心配していたが、それは疑心暗鬼に終わった。泉のクラスの3人はとても人付き合いの良い女性たちだったので、新しく来た生徒たちともすぐなじんだようだった。
そして、泉はいつものようにレッスンを始めた。
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