ひどい言いようだった。廉は自己嫌悪に陥っていた。
これ以上あそこにいたら、自分が収集つかない状況になりそうで怖かった。彼女はまだ自分と付き合っているわけではないし、自分のものでもないのだ。
あんなことでいちいち怒っていたら、うまく行くことも行かなくなる。廉は自分の気持ちが突然コントロールできなくなるのを情けなく思った。
その夜、デイビッドから電話を受けた廉は、あまりの落ち込みように心配される始末だった。
デイビッドにも電話して謝ることを勧められたが、電話を取っては戻し、取っては戻しを繰り返した。
結局、廉は電話を取った。明日また彼女に会うのに、嫌な気分でいたくない。
呼び出し音が鳴っているあいだ、廉は珍しく緊張して暑くもないのに変な汗をかいていた。
「はい」
泉が出た。名前は言わない。賢明だ。
「森嶋です」
「――」
無音。驚いているのか、怒っているのか、切ろうと思っているのか…
「もしもし?」
「…はい」
返事がある。ああ、やはり怒っているのか。
「こんな時間にすまない」
「――」
「…今日、また君に余計なことを言ってしまったから…」
「そうですね」
そうですね?そうですねだと? ああ、いや、しかし確かにそうなのだろう。これは最悪のど真ん中ストライクだったらしい。
「…さっきは…僕が悪かった。謝る」
廉はこれ以上、傷を広げたくなかった。悪いと思われているなら早く謝ってしまいたかった。
しかし、うなだれている廉の電話の先からはなぜかくっとこらえたような笑い声が聞こえた。
「まるで高校生みたいでした。さっきの森嶋さん。アリオンで」
「こ、高校生?」
「ええ」
しれっと答える泉に、やられたと廉は思った。一番だめなところで打たれた気分だ。俺より5つも若いこの女に。
「まさかこんなことでお電話を頂くとは思いませんでした。それで、明日のお食事はなしにしましょうって言ったほうがいいですか?」
「え…っ」
廉はそれを聴いてさらに言葉を失った。泉がまたくつくつと笑う。
「明日、楽しみにしています。でも、ブレナーさんもご一緒されますよね?」
「あいつを連れて行くつもりはなかったんだが…」
泉はデイビッドに来て欲しいんだろうか?
「そうですか。じゃあ、これはデートのお誘い?」
「僕はもちろん、そのつもりだった。ゴルフの後なんかで悪いけど」
泉はほんのしばらくだが、また黙ってしまった。嫌だと言われたら…
「森嶋さん。ルーシーさんは良くご存知の方ですか?」
唐突な質問だった。何を気にしているんだろう?
「うん。ボストンにいた時、デイビッドの家にしょっちゅう遊びに行ってたから。まぁ、妹みたいなもんかな」
「だったら…一緒にお食事されてもいいかもしれませんね。でもそうなったら、別の日にまた誘っていただけますか?」
廉はそれを聞いて舞い上がりそうだった。
明日はデイビッドたちと一緒に食事をして、そして、約束はそれでおしまいではなく、自分とはまた別の日にと彼女が言っている!
泉の言うことはもっともだ。明日、デイビッドとルーシーを後にして二人で帰るのはきっと至難の業に違いない。
「君の時間が空くならいつでも。僕の方は何とかする」
「じゃあ、今度は私の方から連絡してもいいですか?」
ああ、もう、彼女にやられっぱなしだ。けど、こんな幸せな打たれ方なら何点でも献上する。
「首を長くして待ってる」
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