廉のさっきのメールに迷いながら、泉はロビーの隅で目立たないように座っていた。これから短い時間で廉に会って、智香子という女性と今、どういう関係なのか、彼が会長の孫だったことをどうして黙っていたのか訊く?
ばかばかしい。そんなことを訊こうが訊くまいが、廉とはうまくいかない。このあまりにも違いすぎる境遇をどうやって埋めるというの。
廉に言わなければ。もう、付き合えないと。
泉は柱に背を持たせかけ、何も考えないで頭を空っぽにするため、ホテルの玄関に出入りする人々をぼんやり眺めていた。
しばらくすると、会場からさっき智香子に話し掛けていた廉の姉らしき人物がやってきた。その女性はどう見ても靴擦れをおこして変な歩き方をしている。
泉の隣にようやく座ると、引きずっていた足の方の靴を脱いで、かかとを確かめた。
「ああー。これはひどいわ」
かかとは既に皮がむけてピンク色になっている。見るからに痛そうだ。
「靴擦れしちゃって。はじめて履く靴なの。やっぱりこれはやめておけばよかったわ」
見ず知らずの泉に女性は説明するように話しかけた。
「良かったらお使いになります?」
泉は自分のバッグにいつも入れている小物入れからばんそうこうを取り出した。
「あら、いいの?」
廉の姉はうれしそうに泉からそれを受け取った。
「助かるわ。これでしばらく何とかなるわね。どうもありがとう」
にっこり笑った顔が廉に似ている。やっぱり廉の姉だ。その女性は泉から受け取ったばんそうこうを持って化粧室を探しに去っていった。その後姿をみながら、泉はまたため息をついた。
廉はパーティの途中でスピーチをする予定になっていると言っていたが、それまでは会場に来ている客に挨拶して回っているだろう。なにせ、会長の孫なのだから。
やっぱりもう帰ろう…その時、誰かが泉の方に横から近づいた。
仕立ての良いダークスーツに身を包んだその男は、年は50を過ぎているだろうか。スタッフのカードがポケットについているので、アリオンの関係者ということは間違いない。
「はじめまして、吉野さん。レグノグループ社長秘書の河部です」
泉は河部を見上げた。社長秘書?いやな予感がした。
「少しあちらでお時間を頂きたいんですが。すぐ済みます」
河部は会場とは反対側の廊下の方を指した。
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