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 カデンツァ 第二章   


                        -3-


もう11時を回った。部屋に帰った方がよさそうだ。

鳴海哲也は空調の切れたアリオンのスタッフルームで一人考え事をしていた。

哲也が悩んでいるのはアリオンのことではない。今日、自分の携帯にかかってきた消費者金融もどきの会社からの電話だった。

どうやら母の礼子が危ない橋を渡りだしたらしい。今まではそれでも銀行が相手だった。

金を借りていることには変わりないが、銀行ならまだ変なことはしないだろうという安心感があった。けれど今日電話をしてきたのは、明らかに今までとは違うところだ。

礼子は既に何ヶ月も会社に来ていない。社長という役割はただの飾りだ。

母がやるべきことの全てを叔父の鳴海典弘と久志がやっている。それでも彼らは礼子を追い出すことなどできない。

礼子と自分が森嶋の家の人間だから。それは不可能だと思っている。

もし、自分が彼らに寝返ったら…哲也はずっと前から考えていることを実行に移せないでいた。

何度も礼子を見限ろうと思った。けれど、出来なかった。どうしても。

哲也は自分のふがいなさを呪った。おまけに今日はもう一つ変な電話があった。

小澤という男からだ。聞いたことのある名前だと思った。

その男は今、アリオンのピアノのレッスンに来ている生徒だ。

小澤は単刀直入だった。もし金が必要なら、用立てすることが出来るという。

どうして金が必要だと思うのかとたずねると、自分が礼子の尻拭いをして回っていることが業界で噂になっていると小澤は答えた。

哲也にはそのことの方が驚きだったし、情けなかった。けれどそれを否定することは出来なかった。

やって欲しいのは簡単なことだと小澤は言った。アリオンがこれから進めていく閉店の計画を流して欲しいというのだ。

それを何に使うのかと聞いたが教えてもらえなかった。しかし、時期と店舗を教えれば、すぐにでも200万は用意できると小澤は言った。

200万。まるであらかじめ必要な額がわかっていたようだ。

昼間かかってきた金融会社の取立ても200万。哲也はため息をついた。

もう考えたくない。母のことは。

これまでにも何度もそう思った。

けれど、ここで母を放り出したら、アリオンはどうなる?アリオンだけでなく、レグノもだ。

そして哲也は小澤に電話した。