入谷の部屋の前に着くと、廉は黙って泉のシートベルトをはずした。
「泉…」
ドアに手をかけた泉を廉が呼んだ。泣くまいと思っていたけれど、涙でいっぱいになった泉は何とか顔を上げた。それを見た廉は驚いて、少し迷ったように言った。
「僕と付き合うのは嫌か?」
あなたと付き合うのが嫌?まさか!そんな風に思われたの?
ああ、一体この状況をどうやったら元に戻せる?泉はようやく口を開いた。
「わたし、今日、めいいっぱい努力してきました。あなたに…よく見られようと思って。でも…子供みたいって笑われそうだけど、さっきはちょっと…びっくりしてしまって…だから」
「泉…」
廉は大きくため息をついて、泉の顔に手をやった。そして自分の方へ引き寄せて抱きしめた。
「僕は別に急いでるわけじゃない。けど、そう都合よく止められない…もし、もう一回って言ったら?」
泉はうなずいて、自分を落ち着かせるように息を吸い、目を閉じた。
廉の唇が優しく触れる。そして、泉が逃げないのを確認すると、強く口を吸い、舌で口の中を探った。泉もこわごわだったが、それに応えた。
二人の間に走った雷のような何かのせいで、頭の中の回路は飛んでしまった。彼とのキスは正気を失わせる。
長く離れがたい口づけの後、二人はお互いに深呼吸した。
廉は泉の手を取って自分の大きな手の中に収め、その皮膚の感触を確かめた。
「僕をもっと知りたいって言っただろ?」
この間のことだ。こくんと頷いて泉は廉を見た。
「僕も君を知りたい。でも、君が嫌がることはしない。たぶんね…僕も男だから、保証はできないけど」
泉は頭にかあっと血が上るのを感じた。廉の顔が見られない。
「今度は、ちゃんと…普通に……」
廉は笑いながら泉の顔を上げさせた。
「いいんだ。そんなに難しく考えなくても」
ドアを開けて自分の部屋へ戻っていく泉を見ながら、廉は泉がもう少し楽に接してくれたらと思った。
自分といるとあんなに緊張しているのは、どうしてなんだろう?俺はまるで悪いことをしている大人みたいだ。
さっきのキスで彼女がこわごわでも反応した時は、正直言って彼女を押し倒すかもしれないと思った。けれど泉は大事にしたい。
廉は車を出して部屋に戻った。
今度、廉とゆっくり会う日はいつなんだろう?
泉は心の中で考えていた。もちろん自分から訊けばいいのだ。
そうすれば廉はきっと夜中でも時間を作ってくれるだろう。だけど、その時は多分…
27にもなって、この事に尻込みしているのは、他でもない、泉に経験がないからだった。
今までに付き合った男たちとは、どういうわけかそういうことにならなかった。寸前までいったこともあったのに、結局、経験することはなかった。
廉はまさか自分が経験がないなんて考えてもいないだろう。
今どき27までヴァージンを守る女がどこにいる? ほとんど天然記念物だ。
次にああいうことになった時は、逃げ出すなんてできない。でも、廉はきっと驚くだろう…
それも気が重いが…
|