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 カデンツァ 第三章   


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榊原との今夜の会合で、蔵野満は考えあぐねていた。有楽町の土地の落札価格が思ったより高かったので、銀行が融資を渋っているというのだ。

榊原は今回手に入れた有楽町の土地も併せて投資顧問会社に一旦担保として入れてもらえれば、銀行も納得すると言った。

確かに、資本が足りないところで土地を手に入れようとしているわけだから、担保を差し出すのはあたりまえだ。榊原のところの会社が銀行周りをやってくれているも同じなのだ。ただ…

満は新しい土地で、大きな事をやりたかった。とにかくあの東銀座のビルを抜け出したかった。だから、榊原に有楽町ではなく東銀座の土地を担保にと言ったのだ。東銀座にはどこの担保もついていなかったし、土地の価格から言ってもそれほど悪いところではない。

だが、榊原は担保にするなら有楽町でなければと譲らなかった。何か恐ろしいものでも憑いているかのようだった。東銀座はいつでも売れる。だから、とりあえずここは有楽町の土地をというのだ。

榊原がどうしてそんなに有楽町にこだわるのかが良くわからなかった。満はすぐに返事は出せないと思い、少し考えさせてくれと言って席を立った。

数日後、やはり考えを返られない満は榊原に電話で、有楽町の土地ではなく、東銀座の土地を担保に入れると言った。

そこで、榊原は猛然と怒り出し、満を恫喝した。しかし、今回は満も折れなかった。わざわざ手に入れた土地を、榊原に取られるような気がしたのだ。

何かがおかしい。

満はそう思いながら、榊原に有楽町の土地を担保にしないことを宣言し、電話を切った。



一方、アリオンでは礼子を社長から降ろすための取締役会が開かれていた。この時ばかりは礼子もしらふでやってきた。

そして、廉を激しくののしった後、正一、匡、哲也にくってかかり、挙句の果てには鳴海の叔父たちに「自分が会社を牛耳りたいから廉を巻き込んだんでしょう!」と感情を爆発させた。

血のつながっていない外部の取締役もこの席には参加していたが、誰もこの件に反対するものはいなかった。礼子以外は。

結局、最後に礼子は捨て台詞を残して会議をしていたホテルの一室から去っていった。哲也がその後を追いかけていったが、会議室に残された者たちは皆一様にやれやれという雰囲気だった。

「大変ですな。これから」

親戚筋でない取締役の一人が廉にそういいながら握手を求めてきた。

「あなたががんばらないと」

廉は愛想笑いをしただけだったが、祖父の正一は彼らが帰った後、廉を自分のところへ呼びつけた。


「おまえは今日、わしに大変な決断をさせた。わかっとるな」

しわだらけのよぼよぼ爺の癖に、眼光だけは鋭い。

「礼子はわしの大切な娘だ。それを押しのけて、おまえは鳴海の人間を社長に就かせた。この落とし前はおまえがつけろ」

「落とし前って?」

祖父が言うことはわかっていたが、廉はしらっと言ってみた。

「おまえがアリオンで副社長をやれ」


廉は車椅子に乗った祖父を見下ろしていたが、かがんで祖父と同じ視線になった。

「おじいさん。その話はね。もうちょっと考えさせてもらうよ。今だって似たようなことしてるんだし、肩書きだけの話だろ?」

「わかっとらんな。おまえがアリオンの肩書きを持たなかったら、まわりが認めん」

廉は祖父のひざをひざ掛けの上からぽんぽんと叩いて、「考えとくよ」と言ってその場を去った。