二人は廉が乗ってきた車に乗り込み、あっという間に雪景色の中に去っていった。
泉は綾子がいろいろしてくれたことに胸が熱くなって涙がこぼれそうだった。
まるで自分の姉のように自分のことを考えてくれている。本当なら、ただの学生の私なんかが近寄れるわけない人なのに。
私が何をやりたいのか、何をやらなければならないのか、どの道を進むべきなのか。
もちろん最後に決めるのは自分だけれど、綾子はその答えを探す手伝いをしてくれた。
これから先の生活のことも、音楽のことも、そして廉とのことも。
廉は車が見えなくなると、泉を家の中に入らせた。
泉はキッチンに戻って夕食の準備をしようとしたが、廉は渡すものがあると言って泉をリビングの大きな暖炉の前に連れて行った。そして自分の上着の胸ポケットから白いケースを取り出して泉に手渡した。
「君に」
泉はケースを開けずに廉を見た。
「廉さん。私…」
泉はまだ戸惑いを隠せなかった。
「本当に私と?私が廉さんのためにできることなんて、何にもないんですよ」
廉はふっと小さくため息をついて泉を見た。
「君が不安に思うのはわかるけど、僕は君に何かしてもらおうなんて思ってない。いてくれるだけでいいんだ。僕のところに」
「私、逃げませんから……今のままじゃいけないですか?」
廉はその言葉を聞いて大きく首を振った。
「君にはもう嫌とは言わせない。ちょっと待っても聞かない。君は僕と結婚するんだ」
泉は驚いていたが、少し困ったようなはにかんだ笑顔で言った。
「私が断るとかそういうことは考えてないんですか」
「ああ。考えてない。君にはその答えはないから。僕は君を無理やり静岡から連れて帰ってきてあんな目にあわせたけれど、これは君が僕の気持ちを散々もてあそんだ罰だ」
泉ははっとした。そうだ、ずっと……自分はずっと廉の気持ちをないがしろにしていた。
廉はその表情を見逃さなかった。
「言っただろ。僕が最後に勝つって」
暖炉の火で少しほてった泉の頬を指で確かめるようにしながら廉は自分の唇を泉の唇に重ねた。
それから廉は狂ったように泉を求めた。
自分の前から事あるごとに逃げてきた泉が憎らしかった。言い訳する時間も、理由を訊く時間も持とうとしなかった泉。
ただ自分が森嶋の家の人間だと言うことだけで自分を避けてきたことを激しく責める一方で、廉は彼女が愛しくてたまらなかった。
美しい瞳。自分が犠牲になっても大切なものを守ろうとする心。そして本人がまだ気づいていない圧倒的な才能……
泉の全てを奪いたい。今ここで。
彼女がたぶん経験したことのない未知の喜びへいざないたい。泉に経験がほとんどないことはわかっている。初めての時ほどではないにしろ、泉が身体を硬くしているのは緊張からだ。
長く激しいキスの最中に、廉は泉の着ているものを一つ一つ剥ぎ取っていった。廉はその泉の細い腕で身を隠すことを許さず、暖炉の前の足の長いラグの上に泉を引き倒した。
その夜、二人はベッドに移って何度も愛し合った。愛を交わした後、少し眠っては廉がいたずらをはじめる。泉の唇に、胸に、腕に、廉が愛した跡が残っていった。泉は本当のところ、キスマークがこういう風につくと初めて知った。
そして、自分の愛する人とひとつになるということがどんなにすばらしくて、気持ちよくて、切ないものか、廉に愛されるたび、泉は想いを深くした。
|