公子の葬儀は、静岡で執り行うということで、叔父が乗ってきた車で公子を連れて帰ることになった。廉は泉に後からすぐ追いかけるからと言って、さえに泉を預けて別れた。
大丈夫だろうか。泉は……
廉はしばらくは彼女を独りに出来ないと思った。彼女も病気にかかっているみたいだ。
自分の部屋にもどって、葬儀に出る準備をしてから、廉は千葉に電話して火曜日までアリオンを休むと伝えた。吉野泉の母親が亡くなったと言うと、感の良い千葉は、驚きながらもすぐ「私も手伝いに行きましょうか」と言った。
「出来れば、そうしてもらえるとありがたい」
廉は千葉の申し出に感謝した。
静岡では葬儀が終わるまで廉と千葉は泉の家に泊まりこみ、まるで抜け殻のようになっている泉にかわって、滞りなく葬儀が終わるように手配を済ませた。
田舎のことなので、葬儀のことはさえが言うとおりにしていればほぼ間違いない。泉は本当に病気にかかってしまったかのようにぼんやりして、公子の遺体の前から離れようとしなかった。廉は敢えて声もかけなかったが、泉の様子をずっと影から窺っていた。
通夜には東京から博久と奈々子、それに真紀もやってきた。博久が大学にこのことを伝えており、泉の担当教授だった青山も来ている。
泉は彼らに深々と頭を下げたが、ほとんど口がきけない状態だった。青山は非常にそのことを心配しており、通夜の後、泉に時間がかかってもかならず大学に戻るように言った。
葬儀で叔父の孝介が泉に代わって挨拶をしているとき、泉はようやく我に返ったように泣き出した。
母は行ってしまった。もう手の届かないところへ。
自分がどんなに望んでも、何を差し出しても、取り返すことは出来ない。
泉は棺に取りすがって、このまま母をここへ置いていってもらいたかった。どんなに形が変わっても、それでもいい。けれど……
現実に戻っても涙は止まらなかった。その場に崩れ落ちそうになるのを、隣に立っていた廉が支えてなんとかやり過ごした。
泉はとうとう自分が独りになってしまったと思った。もう誰もいない。兄弟もいないのだから、いつかこうなることはわかっていたけれど……
出棺のクラクションを車の中で聞きながら、泉は流れ落ちる涙をぬぐおうともしなかった。
公子の葬儀の後、廉は泉のいないところで泉の叔母と叔父に、泉が落ち着いたら、東京の自分のところへ連れて帰りたいと言った。泉の両親がいない今、この話をするのは泉と血縁関係のあるさえと孝介しかいないと廉は考えていた。
さえは廉のことを知っていたので何も言わなかったが、この話を聞いた孝介はあまり良い顔はしなかった。
「泉もいい年だから、本人が望むなら止められはしないが…大体あんた、泉と結婚するつもりがあるのか」
孝介は疑っていた。
「彼女が受けてくれれば、今すぐでも結婚するつもりです」
こんなことを言ったなんて知ったら、泉はどう思うだろうか。この二人より、泉を説得する方が何倍も難しいだろう。
この後、廉は泉を探し出し、泉の家の2階の泉の部屋に連れて行った。
「泉、良く聞いて」
廉は泉の肩に手をかけて自分の方に向かせた。
「僕はこれから東京へ戻る。君はしばらくこっちにいるだろうが、落ち着いたら迎えに来る」
「廉さん…わたし……」
泉が言い訳しようとするのを、廉は自分の人差し指を泉の唇に持っていき、首を振った。
「今は何も聞かない。君は少し休む必要があるし、もうちょっとちゃんとした頭に戻ったら話をしよう」
そう言って、廉は泉の顔をじっと見た。しばらく会えないだろう泉の顔を頭に焼き付けておきたかった。
結婚してくれとのどまで出掛かった。けれど、今はだめだ。
廉は東京へ戻った。静岡の泉の家を離れてからずっと、廉はどうしたら泉が自分と結婚してくれるか考えていた。
一体どうやったら、彼女はうんと言ってくれるだろうか。あの調子でずっと押し問答が続くのではないだろうか。
それになにより、はっきり拒否されたときのことを考えると、そうそう簡単に言い出すこともできない。
情けないことだが、こんなに自分に自信が持てないのは初めてだ。
それから公子の初七日が済むまで、泉は静岡の家にいた。さえが毎日様子を見に来たし、早く家を整理する必要があったので、泉は結構毎日忙しかった。
家族の思い出の詰まったものを処分するのは忍びなく、片付けしている手がすぐ止まってしまう。涙が出そうになるのを必死でこらえながら、泉は何度も自分の頭を作業に戻すのに苦労した。
初七日の法要の前、泉は家の買い手が見つかったと不動産屋から知らされた。小さいペンションをやる予定だというそのオーナーは、2月末までに引き渡してもらえればよいと言っているらしかった。
ここには改装は入るだろうが、家自体は壊されずに残る。宿泊施設になるのなら、1年に1度くらいは泊まりに来れるかもしれない。
それは、泉にとってはうれしい知らせだった。
|