年が明けても、まだぐずぐずと家の片づけをしていた泉のところへ真紀から電話があった。
「泉、元気?」
いつもの明るい声。泉は真紀の声を聞いてちょっと泣きそうになった。
「うん。元気。真紀は?」
「私はいつも元気だよ」
その言い方がなんとなくおかしい。そのとおりだと思いながらも泉はくすっとわらった。
「あ、笑ったね。今」
「いえいえ」
「あのね、泉。私ね、今年は留年しなくてすみそう。泉のおかげ。それに内定ももらっちゃった。これも泉のおかげ。でしょ?」
楽しそうに言う真紀の言葉はちくりと泉の胸を刺した。
「そんなことないわよ。真紀がもらった内定だもの」
泉はなんとかその場を取り繕った。
「まぁいいや。泉は本当のことは言わないと思うから……いいの。私はわかってる。でね、今日電話したのはね。ちょっと報告」
「報告?」
「うん。例の、阿部先生の件」
そうだ、あの後、どうなったのだろう。泉は阿部が結局、アリオンを首になって、蔵野楽器へ行くのに自分と一緒でという話を里美にされていた事を思い出した。
けれど、蔵野楽器は有楽町店を出店できなくなり、会社自体の存続が危ないと聞いている。
「阿部先生、結局、奥さんと別れることになったみたい。阿部先生自身もお酒がひどくって今、依存症の治療中なんだって」
「そうなの……」
泉が襲われそうになった時も、阿部はひどく酔っていた。
「でも、治療に入れたなら良かったわね」
「まぁ、あんな人のことはもうどうでもいいんだけどね。それよりもう一つ、あの奥さんのことだけど…」
肝心なのはそこだ。真紀は慰謝料を請求されていたのだ。
「あの人、お子さんと実家へ帰ることになったみたい。実は、去年の暮れに、奥さんのおうちの人から連絡があってね、あの人、私より他にも同じように慰謝料請求してた人がいるみたいで、その人から訴えられちゃったんだって」
「ええ?!」
確かに、あの里美という女性はかなり偏執的だった。
「それで、私のこともばれちゃって、私もしばらく音沙汰がないから変だなとは思ってたんだけど、奥さんのお父さんって人が私のところへ連絡してきて、阿部先生が先にちょっかいだしたんだろうって。申し訳なかったって。お互いなかったことにしましょうって言ってくれたの」
「ああ!そうなの…よかった……」
泉はため息をついた。ほったらかしにしておいたことが一つ結末を迎えた。自分は何もしていないけれど。良かった。本当に。
「泉。いろいろ迷惑かけてごめんね。泉も大変だったのに」
「ううん。私は全部中途半端にしかできなかったから…」
「それともう一つ。蔵野楽器だけどね、どうも、レグノが出資するみたいよ。だから、会社はつぶれないんだって。有楽町店もやっぱり規模を小さくしてでもやるんだって」」
「そうなんだ……」
廉は一体どんな手を使ったのだろう。いろいろ忙しいだろうに、彼も必ず夜には電話をくれるのだ。
「ねぇ。廉さんとうまく行ってる?」
突然、振られた話に泉は自分の心の中を見透かされたようでおどろいた。
「ええ?何?突然」
「ふふん…まぁ、いいわ」
真紀はくすくす笑っていた。
「あのね、泉。みんな待ってるから。早く東京へ戻っておいでよ。泉がいないと寂しい」
「もう、真紀ったら……」
泉は目頭が熱くなって涙がこぼれそうになった。
「本当よ。ずっと待ってるんだから。帰ってきて。早く」
「わかった。ありがとう」
泉は受話器を置いてしばらく庭を見つめていた。
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