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夜の庭 第一章 -8- |
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次の日はまさしく復活祭のお祭りにふさわしい天気の良い日だった。午前中は皆で町の教会のミサに出かけ、いったん屋敷に戻って、午後はエレンとシルヴィ以外はパレードを見にもう一度町に出た。大人たちにはパレードはおまけのようなものだったが、子供たちにとっては、ここで山車から振りまかれるお菓子を拾うのが、1年に1回しかない取って置きのお楽しみなのだ。ジョンの子供たちも例外ではなく、十ほども出る山車についてまわって案の定、迷子になった。カミラは子供たちをほうりっぱなしで、知り合いの不動産屋で、おそらくエリザベスの新しい住まいについて話し込んでおり、子供たちを見失ったジョンがエリザベスに助けを求めて捜索が始まった。 今日は町の通りは人だらけだ。エリザベスはそれでも、子供がどういうところで足を止めるかよくわかっていたので、迷子になった子供たちもすぐに見つけ出した。彼らは通りの飴売り屋台の前で飴をひねる屋台の主人のとりこになっていた。エリザベスは子供たちを確保して、カミラの待つ不動産屋でジョンと落ち合った。子供たちのポケットはもちろんお菓子でパンパンにふくらんでいる。 またしても大目玉を食らった子供たちと一緒に、エリザベスは自分の馬車で屋敷へ先に戻った。今夜、大人にはまだ大事なイベントが残っている。その前にできれば風呂を使って、子供たちと追いかけっこをして気持ち悪く体に付いた汗を流したい。エリザベスが屋敷に戻ると、エレンとシルヴィがテラスで並んでくつろいだ様子でお茶を楽しんでいた。 「お帰り。パレードは楽しかった?」 エレンの問いに、エリザベスは複雑な笑みを返した。 「ああ、訊かないほうが良かったわね。あなたに押し付けて悪かったわ。でも、私ももう限界なのよ」 ほうりっぱなしのカミラの代わりにいつも子供たちの面倒を見てきたのはエレンだった。 「おばさま。どうぞ気になさらないで。ここにいる間はマリッサがちゃんと面倒を見てくれるわ。それに手がかかるのも、あと何年かでしょう」 エリザベスはなるべくシルヴィの方を見ないようにして言った。今朝、教会へ行った時も、シルヴィはなんだかよそよそしかったし、理由もわからないのに自分がどう振舞うべきか、エリザベスにはわからなかった。 夜の準備のために二人に小さく会釈して、エリザベスはテラスを去った。 ベネはすでにバスタブに湯を入れて待っており、エリザベスの服をあっという間に脱がせて大急ぎで風呂に入れた。マルセイユからわざわざ取り寄せた蜂蜜とカモマイルの入った取って置きの石鹸がたまらなくいい香りだ。確かに今日は暑いから薔薇の豊かな香りではなく、さっぱりしたカモマイルがいい。エリザベスがゆっくりバスタブに浸かっていると、べネがついたての向こうから眠らないように声をかけた。 ベネは何でもお見通しだわ。エリザベスは早々に自分で頭と身体を洗って風呂を出た。人にやってもらうのは大嫌いなのだ。しかし、それから後がまた大変だった。もっと嫌いなかつらをつけないために、髪をよく拭いて乾かさねばならないし、ボリュームを出すためにいろんな巻物をつける必要がある。ドレスはこの間、新調したのがあるのでそれを着るのだが、それより何より、エリザベスにとっての大きな問題はやはりシルヴィだった。 今夜はシルヴィが自分をエスコートする。この間、レドナップのことがあったから、もちろんそうせざるを得ない。けれど、自分とシルヴィは昨日からあんなことになっているのに、二人で一体何の話をすればよいのだろう。エリザベスは自分の髪が結い上げられるのを見ながら思い悩んだ。 「お嬢様? お気に召しませんか?」 いつもすばらしく髪を整えてくれるデイジーが鏡越しにたずねた。 「ああ、いいえ。デイジー。このセットはすばらしいわ」 デイジーはエリザベスの肩にそっと手を置いて微笑み、作業を続けた。 夜になって、エリザベスはシルヴィといとこ夫妻と一緒に再び街へ出かけた。イースターの夜は毎年、サウスハンプトンではローウェル家に並ぶ旧家のプリンストン家で舞踏会がある。ロンドンからあの有名なシルヴィ・グロブナー卿がやってきていると聞きつけたプリンストン家は、早速招待状を送ってきていた。プリンストン家にも年頃の娘が三人もいるのだから、当然といえば当然かもしれない。いずれにしても、シルヴィはずっとローウェルホールに滞在していたが、サウスハンプトンの貴族たちの間ではグロブナー卿がやってきていることはちょっとした噂話になっていた。よりによって何故、行き遅れのエリザベス・ローウェルの屋敷にやってきたのか、死んだ父親の影響力がどれほどだったのかなど、田舎のゴシップは際限がない。エリザベスにもメイドのベネや街に住む友人の手紙からそういう話は伝わってきていたが、エリザベスはそれには何も言わないことにしていた。 街に向かう馬車の中では、シルヴィとジョンが隣り合わせ、向かいにエリザベスとカミラが座った。プリンストン家に着くまではカミラが興奮気味に一人でしゃべり続けた。 「プリンストン家のホールには何百ポンドかするセーブルの大きな壷が置かれているのだけれど、その壷は二年前のイースターの時に、あの家の長男が倒して上の方がかけてしまったの。修理されてはいるけど、もう価値は半分以下に下がってしまったとか。でも当主のアイラはウエスタン鉄道の株で儲けたので、ちっとも懐は痛まないって。また新しい壷を買うのに、今年の秋から大陸をまわるらしいわ。だから奥様のバーバラは旅行の準備で今、大変なんですって。ガウンももう何着も作ったとか……それなのに、パリに行ったら、また新しいのを作るって言っているらしいわ。ああ、うらやましいわね……」 ローウェル家も贅沢しなければ、そこそこにやっていける貴族ではあるが、プリンストン家は何をやってもけた違いの派手さだった。子供もたくさんいるし…… 一人でしゃべっているカミラに適当にあいずちを打っていたエリザベスは、自分も何か話さなくてはと思い、ふと思いついて、プリンストン家の娘たちのことを口にした。 「プリンストン家には三人娘さんがいらっしゃいます。一番上が十八のジュリエット、次のジョアンが十七歳、そして一番下のミアが十五歳。ジュリエットはおとなしくて編物が得意。ジョアンは三人の中では一番美人で頭のいい子です。それからミアはまだ、少し幼いけれどにぎやかな子で、ロンドンの社交界にすごく興味があるので、きっとあなたは質問攻めにあいますわ」 「エリザベス」 シルヴィが突然鋭い視線を投げかけた。 「私はプリンストン家の姉妹には興味はない」 エリザベスは一瞬うつむいて「ごめんなさい」と小声で言い、それきり口を閉ざしてしまった。ジョンとカミラが目をむいて驚いている。彼と私の間だけにあるこの重苦しい雰囲気……ほとんど拷問だわ。そうこうしているうちに馬車はプリンストン家についた。正面玄関の庭にはすでにたくさんの馬車が並んでいる。 シルヴィが先に馬車を降りて、エリザベスに手を差し伸べた。 「なかなか賑やかだ」シルヴィが微笑んだ。 「そうですわね」 ロンドンに比べたら、ということかしら。エリザベスはあいまいな笑みを浮かべてシルヴィが差し出した腕に手を添えた。 |
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