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夜の庭   第二章   


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 結局のところ、ピアソンと皇太子はやはりぐるだったのだろうか。書斎の椅子に座って、トルコ産の強い葉巻の端をかみながらシルヴィは考えていた。そんな気がしてならない。何のためにかはわからないが。そうでなければ、おせっかいが過ぎるというものだ。自分のことにしろ、エリザベスのことにしろ。自分は結婚などどうでも良かった。これまでいろいろな婦人と浮名を流してきたが、ダイアナが亡くなった後では真剣に誰かとその先を考えようなどとは思っていなかった。しかしエリザベスはどうだろうか。彼らが余計なことをしたせいでエリザベスはヒューイットと引き裂かれ、自分のところへ連れてこられた。

 一体何のために? ただ、父親という後見人を亡くした女貴族など、掃いて捨てるほどいるだろう。自分の親しい友人の娘がそんな風になるのを見ていられなかったというのか? 考えれば考えるほどおかしい。彼らは何かたくらんでいる。

――しかし残念なことだが、こんなことは彼らにとっては何でもないことだ。シルヴィはタバコに火をつけた。

 バーティもピアソンも人の都合など考えてはいない。自分はかまわないが、かわいそうなのはエリザベスだ。父親をなくして、よく知りもしない男のところへ連れてこられて。ヒューイットが恋人だったのならなおさらだ。父親が亡くなってすぐ、さっさと結婚しなかったのが運のつきだった。



そしてシルヴィは結婚式の前の夜、決心した。

エリザベスには手をつけない。自分から逃げ出すのを待つ。自から逃げ出したのなら、誰も文句は言うまい。彼女が自分から恋人の所へ舞い戻れば皇太子にも言い訳が立つ。

結婚式が終わったら、シルヴィはピアソンからの命令でパリに行くことになっていた。ピアソンは急いでいなかったが、シルヴィは式の後すぐ、フランスへ旅立つことにした。花嫁には何も告げてはいなかった。他の男を想いながら自分と夜を過ごそうとする女は、彼女であってはならない。

もし、彼女が本当に自分の妻になる覚悟があるのなら、しばらくは自分のことを待っているだろう。けれども、ヒューイットのことをまだ忘れずにいるなら、そのうち会いに行くに違いない。例え自分を選ばなかったとしても、エリザベスにはなぜか正直でいて欲しかった。泉の淵であの純粋なまなざしを自分に向けたエリザベス。それは幻想かもしれなかったが、自分にも一縷の望みはある。

 シルヴィはアンドルーがロンドンのどこに下宿しているのかを例の探偵に探し出させ、自分の屋敷にいる執事のエヴァンズにはエリザベスの行動を逐一報告させることにした。妻が誰かと会っていないかよく監視させるのだ。エリザベスが不実の罪を犯していても構わない。世間に表立って知れなければ問題はない。ただ、ピアソンと皇太子に妻と別れる言い訳が欲しかった。その後は自分がまたどこか別のところで身持ちの悪い女性と浮名を流せば、エリザベスの体面は最低とまではいかなくとも、なんとか保たれる。自分がエリザベスにしてやれるのはそのぐらいのことだ。



 翌日、二人の結婚式は滞りなく終わった。シルヴィは弟のホレイショーにしばらくメイフェアの屋敷に滞在してもらうことにし、式の後、すぐに仕事だからと言って出てきてしまった。どこに行くとも告げず。

 感のいいエリザベスはその日の朝から、自分の態度が変わったことに気づいているようだった。花嫁を置きざりにするなんて、なんてひどい花婿だろう。屋敷を出るとき、エリザベスは唖然としていたが、執事のエヴァンズが「だんな様のお仕事はいつもこのようですから」とうまくあしらっていたのが聞こえた。



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