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夜の庭   第二章   


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 エヴァンズはすばらしく忠実な執事だ。言いつけたとおり、1週間に2度、必ず手紙をよこした。自分が欲する情報を良くわかっている。

パリの大きなホテルの一室でシルヴィはエヴァンズからの手紙をまとめて受け取った。そして日付の古いものから順にそれを並べなおし、順番に封を切っていった。



 だんな様

 結婚式から三日たちましたが、奥様はまだ一度も外出されていません。昨日はサウスハンプトンの叔母上といとこのサー・ローウェルに宛てて式のお礼のお手紙、またミセス・アリソン・バロウズ(奥様のお友達でしょうか)に宛ててお手紙を出されております。本日、午前中にだんな様がご指示なさったドレスメーカーがやって来て奥様のガウンの採寸をしていきました。明日、明後日は生地を持って来るそうですが、ドレスメーカーが持ってきた自前のファッションプレートの中でも奥様はあまり派手なものはお好みでないようです。ただ、だんな様のご意向どおり、宮廷出仕のものと、女王陛下にお目通りする際のものについては、それなりのものをと後でこちらから申し伝えておきましたので、その点はご安心ください。
 
 午後は、ホレイショーさまが健康を心配されて奥様をハイドパークまで散歩にとお誘いになりましたが、だんな様が帰ってこられるかもしれないからとお断りされました。屋敷の図書室がお好きなようで、静かに本を読んで過ごしていらっしゃいます。時折外からやってくる馬車の音を聞いていらっしゃいます。手紙、訪問はありませんでした。

 五月三十日                  忠実なる僕 エヴァンズ拝



 だんな様

 先の手紙を差し上げてから、奥様は少し元気を取り戻されたようです。屋敷を少し歩き回られて(と言ってもバーミンガムの屋敷のようなわけにはいきませんが)、厨房長のジェイン・ゴアと話をする時間が長くなりました。ご自分が作られたりんごのソースをゴアに預けて一度使ってみてほしいと言われたそうです。ゴアの話では大変質の良いソースでロンドンでそのようなものは手に入らないと申しておりました。またここでは奥様がご希望の新鮮なハーブが手に入りにくいというので、奥様がご自分で庭の一角に畑を作りたいと申し出られました。
 このことでは庭師のハドソンとひと悶着ありました。ハドソンは奥様が大きな古いボンネットをつけて屋敷の庭を歩かれていたので、屋敷の出入りのものと間違えてしまったのです。幸い奥様のメイドのベネが大声をあげたので、ホレイショーさまが見つけて助けに入られましたが、奥様はもう少しで通りにつまみ出されるところでした。また畑のことですが、奥様が申し出られたのは噴水裏の壁の向こう側です。誰にも見えるところではございませんが、ハドソンはダイアナ様の作った庭に手を入れるのを大変嫌がっております。これもホレイショーさまが許可されましたので、ハドソンはしぶしぶですが納得せざるをえませんでした。今日はその畑を何とご自分で耕されて何かの種をまかれていました。
 
 ドレスメーカーがまたやってきていますが、奥様はそれより畑に夢中のようです。手紙はどこにも出されておりません。手紙、訪問なし。

 六月二日                    忠実なる僕 エヴァンズ拝



 だんな様

 奥様の畑熱は少しおさまったようです。畑もごく小さいものなので、種をまいたら後は水をやることぐらいしかありません。奥様は朝早くに畑に水を運ばれて、その後三十分ほどホレイショーさまと庭をぐるりと歩かれます。畑の水についてはまたハドソンとひと悶着ありました。奥様は噴水の水を少し使わせてほしいと申し出られたのですが、ハドソンは噴水から水がこぼれるのを嫌がってよい顔をしませんでした。大した量ではありませんが、そのために奥様はベネとともに小さなバケツを持って二度ほど幾何学模様の砂地の向こうにある井戸から水を運んでいらっしゃいます。使用人の間では、奥様が自分でそんなことをされるはどうかと言うのと、もう少しハドソンに強く出てもいいのにと声が上がっています。今回は口出ししませんでしたが、いずれにしても、もし目に余るようなら私から申し上げます。
 
 奥様は最近は午前中はピアノ、午後は手近なものをデッサンされてお過ごしです。奥様のデッサンはまるで写真のように正確で驚かされます。ホレイショーさまが退屈されている奥様を見かねて(奥様は一言もそんなことはおっしゃいませんが、窓の外を見ながらため息をつかれているのを何度か私も拝見しております)、昨日はリッチモンドのキュー・ガーデンへお誘いになりました。庭のお好きな奥様を思われてのことです。早い時間にお戻りでしたが、キューは大変気に入られたようで、明日もお出かけになるそうです。サウスハンプトンのミセス・アリソン・バロウズと叔母様のエレン様から奥様宛にお手紙がありました。ミセス・バロウズは奥様の親友との事。赤子の写真を見せていただきました。訪問なし

 六月六日                     忠実なる僕 エヴァンズ拝



 シルヴィはパリの街の真ん中にあるホテルでこの手紙を受け取っていた。これまでのところ、エリザベスの素行には全く問題がない。それより自分の代わりにホレイショーがいろいろ妻にしてやっていることが癪に障った。それは本当は自分の役目だったのだ。ホレイショーはまだ独身だし、なかなかの好男子でもある。夫に見捨てられたようなことになっている花嫁はホレイショーのようなやさしい男のことをどう思うだろうか

 ロンドンに帰るのはまだ早い。自分の仕事はもうほとんど片付いていたが、もう少し様子を見なければ。シルヴィは手紙をたたんで皮の表紙の付いた大きな手帳の間に挟んだ。



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