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夜の庭   第二章   


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「そんな顔をされたら、あなたをさらって逃げようかと思ってしまう。あまりにも美し過ぎて。マダム」

 声の方を振り返ると、自分が立っているテラスの反対側で、テディ・フィッツハーバートが燃えるような目で自分の方を見ていた。エリザベスは暗闇の中の、そのぎらぎらした視線に驚いて声をだせなかった。

「ぶしつけなのは承知の上です。けれど、あなたはまるで世の中に絶望した尼僧のようだ。さっきはあんな風に私を追い詰めたくせに」

ああ、怒っているのか。当然だわ。私はカードテーブルについていたあの人たちに周知の事実を、わざわざもったいぶった芝居でやめさせたのだから。エリザベスうつむいてつぶやくように言った。

「余計な事をしましたわ。ただの遊びでしたのに」

エリザベスは視線を持ち直してテディに微笑んだ。しかしテディは真剣な面持ちで言った。

「どうしてそんな風に悲しげに微笑むのです。あなたにそんな顔をさせているのは、やはりロード・シルヴィなのですか?」
エリザベスはその名前を聞いてびくんと身体を震わせた。この人、一体何を知っているの?
「図星か。ロード・シルヴィがそんな男だとは思いませんでしたよ。じゃあ、あなたが結婚してからただ、メイフェアのお屋敷に捨て置かれているという方が本当のことだったんだ」
エリザベスはテディの話に驚いて眉をひそめた。
「あなたはロンドンの社交界で噂話がどんなに早く伝わるかご存じないようだ。今週、ロード・シルヴィは今週、パリで新しい奥様と一緒だったと噂になっていたのですよ。一方で、結婚式の後からロード・シルヴィの奥様はロンドンにより外には出ていないとも言われていた。お屋敷から逃げ出した庭師がいたとか。もちろん、あなたは今日ここにいたのだから、そのパリの女性ではない。ロード・シルヴィは有名人だから、新しい奥方がどんな女性なのか、どうやって知り合ったのか、どんな風に生活しているのか、人の噂にはきりがない」

エリザベスは大きくため息をついた。パリで一緒にいた女性……

「私は確かに、ロード・シルヴィの後妻ですし、ロード・シルヴィがあれほどの人物であれば人々の噂にのぼることも仕方の無いことですわ。私自身も田舎者ですから、きっとどこへ出かけても、何か田舎くさいことをしているのでしょう。もう外へ出かけるのはやめます。教えてくださってありがとう」
「そんな。僕はそんなつもりで言ったのでは……それより、なぜロード・シルヴィはあなたを放っておかれているのです。結婚したばかりの新婦がこんな仕打ちを受けるなんてひどいじゃないですか」

「エリザベス」

テディに何と答えようか迷っていたエリザベスを、背後からレイディ・オリヴィアが呼んだ。オリヴィアのところからはテディは見えない。暗がりから声が聞こえるだけだ。

「そろそろお暇しますよ。久しぶりにイサベラにあえて良かったわ」
エリザベスはただ小さくテディに礼をしてテラスを後にし、部屋に戻った。




 帰りの馬車の中、レイディ・オリヴィアは疲れきって眠っており、エリザベスは何も言わずに黙って座っていた。テディアス・フィッツハーバートが言ったことが心の中に重苦しく残っていた。ロード・シルヴィはパリで、自分ではない女性と一緒にいる。自分はきっとロンドンの社交界で面白おかしく語られているだろう。雇っていた庭師に逃げられ、夫にも見捨てられた場違いな女と。

一体このまま、いつまでこうして過ごすの。

エリザベスは馬車の窓に頭を寄せて目を閉じた。



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