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夜の庭   第三章   


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 「どうしていつまでたっても出てこないのだ! 本当にその地図なのか?」
「ああ、今度は間違ってはおらん。本屋の店主がそう言ったのだ」
「怪しいものだ。何年も出てこなかったというのに」
「一体この調査にどれだけかかったと思っているんだ。少しは私たちを信用してくれ」

「――ちょっと、二人とも、もう少し声を落としてくれないか」


 アンドルーが出て行ったすぐ後、エリザベスが連れて行かれたその場所に男が三人やってきた。はじめは穏やかだったが、そのうち、二人の男が言い争いをはじめた。言い争っている方の男の一人には見覚えが合った。あれは間違いなくコールマン司令官。もう一人の男はロシア語なまりの英語を話している。二人を止めているのはおそらく、その舞台衣装らしい服装からして、今夜ここでコンサートをやるピアニスト……ミハイル・ヴォシュコフだろうか。

 エリザベスは男たちがやって来てその場を動けなくなっていた。舞台装置の裏で息をひそめて彼らが出て行くのをずっと待っていたが、話が変な方向へ向いてからはだんだん落ち着かなくなってきた。コールマンは少なくともイギリス海軍の司令官だ。それなのに、どう考えてもスラブ人の顔をした彼らとこんな怪しげなところで話をしているのはおかしい。メアリー・ラロルシュがあの時口にした「スパイ」と言う言葉が頭の中に突然よみがえった。

アンドルーが戻ってきたらどうしよう……エリザベスは胸の鼓動がおかしくなっていくのを感じていた。

「――今日、ペルピニャンで雇った男を呼んでいるのだ。いろいろと役に立つ男で、例のものを探させている」
「だったらそいつを早く……」

ロシア語なまりの英語を話す男が言いかけたその時、エリザベスが心配していたことが起こった。

「リジー?」

自分の名前を呼びながらアンドルーは部屋に入ってきた。そして同時に、金髪のスラブ人の男に大きなピストルを向けられていた。
「誰だ!」

「誰だ……? そっちこそ誰だ? このクラブの人間ではないようだが……」
銃口を向けられているのにアンドルーは落ち着いていた。腕組みをして男をにらみつけている。

「――おい、やめてくれ。これから演奏会だって言うのに……」
ヴォシュコフが止めに入り、男にピストルを下げさせた。
「すまない。彼は私の友達なんだ。ちょっと、今、気が立ってる」
「――このクラブにそんな飛び道具を持ってきていいなんて決まりはなかったはずだが……」
「ああ、本当にすまない。頼むから大事にしないでくれ。もう行くよ。悪かった……」
コールマンとピストル男の背中を押すようにして、ヴォシュコフはアンドルーが来た方とは反対の扉から部屋を出て行った。

 三人の姿が見えなくなると、エリザベスは舞台装置の影から出てきて自分の心臓を抑えるようにしてアンドルーの元へ駆け寄った。
「ああ、もう……大丈夫? 大丈夫なの?」
「本当は、僕もちょっとあわてた」
アンドルーは首をすくめたが、エリザベスにはにっこり笑って額にキスした。

 その時、部屋についていたガス灯がふっと消えた。
「どうしたのかしら?」
この建物は作りは古いが、部屋に蝋燭ではなくガス灯がつくようになっている。外はまだ明るいので、バルコニーらしきところに向いた大きな窓のあるこの部屋はそれほど暗くはならない。
「――なんだろうね?」
アンドルーがガス灯を見上げたその時、エリザベスは背後からしたその声に凍りついた。


「これは一体、どういうことだ」

二人が振り返ったその先に立っていたのは、エリザベスの夫、ロード・シルヴィだった。




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