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夜の庭 第四章 -9- |
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シルヴィは外務省からの再三の呼び出しにも応じず、ひっきりなしにやってくるメッセージや手紙も本当に大事な何件かだけ返事をして、あとはほったらかしにしていた。エリザベスは自分の夫が出仕しないことで、これほどまでにたくさんの催促が来るとは思っていなかった。財産や身分から言っても、本当ならシルヴィが働くことなどありえなかったが、エリザベスはシルヴィがどんなに国に奉仕しているのか、自分の考えがこれまでいたらなかったことを申し訳なく思った。 「私は、罪滅ぼしをしなくてはならないのだよ。奥様」 シルヴィはそう言って、結局、エリザベスが気づいてから、さらに数日を一緒にすごした。そのうちにべネもサウスハンプトンから戻ってきたので、シルヴィはますますやることがなくなったが、あれやこれや世話を焼いてエリザベスをずっとベッドにいさせた。 エリザベスがシルヴィから開放されたのは、皇太子がすぐ宮殿に出仕するようにとメッセージをよこした後だった。エリザベスが倒れたことを王子は人づてに聞いていたが、ロンドンにいるはずなのにちっとも宮殿にやってこないシルヴィに業をにやして、使いを寄こしたのだった。 夜、シルヴィが宮殿から戻ってくると、エリザベスはすっかりベッドから起きだして、まだゆっくりではあったが普段と同じ様子でシルヴィを出迎えた。 「どうして起きだしているのだ。ドクターは、しばらく安静にしているようにと言ったではないか」 エリザベスの脇を抱えるようにして、シルヴィはホールから応接間へ歩いた。 「私、もうすっかり良くなっていますのよ。どうしてそんなにベッドに置いておきたいのかわかりませんわ」 エリザベスが言うのを聞いているのかいないのか、シルヴィはふと立ち止まってエリザベスのうなじに顔を持っていき、香りをかいだ。 「いい香りだ。風呂に入ったのか」 「ええ」 「本当に身体は大丈夫なのか?」 エリザベスは声に出さずに頷いた。シルヴィはちょっと考えるようなそぶりでその場に立っていたが、にやりと笑ってエリザベスを抱き上げた。 「だんなさま!?」 シルヴィは降ろしてくれというエリザベスをなだめながら階段を上がって行った。そして後ろについていたエヴァンズに大声で言った。 「明日の朝まで邪魔しないでくれ。バーティから呼び出しがあっても私は戻っていないと伝えてくれ」 「はい。だんなさま」 いつものエヴァンズの声とともに、使用人たちがくすくす笑いながら散っていく足音が聞こえた。 シルヴィは自分の寝室に入って、足でそのドアを閉め、エリザベスをベッドの上に座らせた。そして自分は正面に立って上着を脱いだ。 「さて、奥様。この部屋ですることは二つしかない」 シルヴィはどんどん自分の着ているものを脱いでいく。 「おとなしく眠るか」 シルヴィはあっという間に白いシャツだけになっていた。エリザベスはその白いシャツがあまりにもまぶしくて下を向いた。 「私と愛を交わすか……」 シルヴィはエリザベスの腰をつかんで後ろ向きにし、ドレスの背中の紐をもどかしげにはずしていった。 その夜、エリザベスはほとんど眠ることが出来なかった。飽きることをしらないシルヴィはエリザベスを眠らせなかった。夕食を取っていなかったシルヴィは、夜中にエヴァンズを呼んで軽い食事を用意させた。エヴァンズも厨房も二人を待たせることなく、まるでオーダーが来るのがわかっていたかのように起きて待ち構えていた。 さっきは朝まで邪魔するなと言っていたのに、よくこんな主人に仕えられるものだわ。それにしてもこのワイン。この屋敷には本当に最高級のものしかない。エリザベスはまろやかな舌触りの赤い液体で喉を潤した。 シルヴィがベッドの上でチーズを切り、その指でエリザベスの口に押し込んだ。 「泉のところでワインを飲んだのを思い出しましたわ」 エリザベスが言うと、シルヴィも笑って「私もあの時を思い出していた」と言った。 「私はよからぬ事を考えていたのだ」 「よからぬこと?」 シルヴィがいたずらをした子供のようにくすくす笑った。 「そう。君を……手篭めにしてしまおうと……」 「ええ?」 シルヴィが言うのをためらっているのはわかった。ああ、確かに、あの時、シルヴィは燃えるような目をしていた。 「そうなってしまっても良かったのに……私は、そう望んでいたのですから……」 また自分から告白してしまった。エリザベスは真っ赤になってうつむいた。この人の前ではいつもそうだ。 「なんとかわいい奥様だ。他の男に取られなかったのは奇跡だな」 シルヴィはそう言ってエリザベスにキスしてから、二つめのチーズの切れ端をエリザベスの口に入れた。 まるで本当に夢を見ているようだ。こんな日が来るなんて。エリザベスは自分の頭がどうにかなってしまったように感じていた。彼の手が自分の頬に触れ、指が唇をなぞり、その口から出る言葉が自分をうろたえさせる。これが本当のシルヴィ…… 自分が想像していたよりはるかに情熱的で激しい。愛の営みは初めての時が嘘のように、恐ろしいほどの快感へと変わり、ベッドの上でささやかれるシルヴィの甘い言葉が、エリザベスの頭を支配した。 しかし、この時間がいつまでも続くわけではないことをエリザベスはよく理解していた。自分が怪我をしたから、ほんの少しの間、シルヴィはこうしてここにいる。彼が何をしているのか、本当のことは話してはもらえないかもしれないが、コールマンたちが探していた地図や設計図の件は、まだ何も進展していない。エリザベスはほんのつかの間でも、シルヴィがこうしてくれていることを神に感謝した。 |
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