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夜の庭 第五章 -10- |
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「どこまでも卑怯な男だな。君は」 一部始終を陰から見ていたシルヴィはオラスを従えて通路に出ていた。シルヴィもオラスも自分の拳銃をレドナップの方へ向けていたが、レドナップはその姿を見た途端、こちらへ向けて発砲してきた。弾はシルヴィの肩をかすめたが、当たりはしなかった。ほとんど間を空けずにオラスがレドナップの方へ向けて一発発射した。鍛冶職人のオラスは自分でも銃を作るが、持っていた拳銃はコルトの軍用拳銃だった。それもかなりの使い手なのだ。弾はレドナップの持っていた拳銃に当たり、レドナップの手からそれがバラバラになってはじけ飛んだ。 「何と気の早い……」 シルヴィがオラスの方を向いてあきれたようにつぶやいた。 「だって、あんたは飛び道具は嫌いなんだろ。ぐずぐずしてたらやられるじゃないか。 おい、お前たち、早く逃げないと壁が崩れるぞ」 オラスが男たちの方へ向かって叫び、彼らはオラスとシルヴィのいる方へ逃げ出した。砲声がとどろく中、レドナップはエリザベスを連れて別の通路へ逃げようとしていた。シルヴィはオラスに頼んで彼が腰に下げていたサーベルをもらった。レドナップはもう拳銃は持っていない。 「悪いが先に帰らせてもらう。幸運を!」 オラスが片目をつぶって見せた。 レドナップはエリザベスを連れているせいでそう早くには動けなかった。シルヴィは剣を受け取ってすぐ二人に追いついた。 「レドナップ!」 とうとうこの時がやってきた。思えばローウェルの屋敷で出会ってから、このうさんくさい男に何度いらいらさせられたか。どうしてもっと早くにカタをつけておかなかったのか、シルヴィは大粒になり始めた水や石の塊が降ってくるのをよけながら後悔した。 レドナップはエリザベスを立たせて自分の目の前にやり、自分の軍用サーベルを抜いた。 「近づくな」 「逃げられると思っているのか。私は今日はお前を赦さない」 地響きが激しい。立っているのも不安定な状態で、二人はエリザベスを間に挟んでにらみ合った。エリザベスはただ不安そうにシルヴィを見ているだけだ。 「どうしてコールマンを殺した? 君の金づるだったのだろう?」 エリザベスに危害を加えないよう、シルヴィは注意をそらすように言った。コールマンのことを知らなかったエリザベスが目を見張った。 「あの男は、私の事を知りすぎていた」 「君の妻のことだな」 「それだけじゃない! ずっと脅されていたんだ。警察ではなく軍法会議にかけると。あいつに汚い仕事は全てやらされていたのに。軍法会議でお前のこともばらすと言ったが、コールマンは俺の言うことなど誰も信じまいと」 「ロシアには何を売ったんだ?」 「結果的には何も……お前が持ってる地図を手に入れて、コールマンを出し抜いてさっき死んだ男に売ろうとしたが、それもできなくなった。一体、あの地図は……」 シルヴィがにやりと笑った。 「エリザベスを放せ」 「――いいだろう。どうせ私には後はない」 レドナップは観念したように言い、エリザベスを脇へ突き飛ばした。最後の対決が始まった。 初めにサーベルを合わせると、二人はまるで頭上から降ってくるものなど何もないかのように動き回った。エリザベスはプリンストン家のボールルームのことを思い出していた。どちらも軽やかなステップでリードはそつがなかった。あの時と同じ。激しく打ち合いながら、右に左に身体をかわす。レドナップが強く打ち込むとシルヴィが同じように返す。まるでダンスをしているようだ。これは殺し合いだけれど…… 五分経っても勝負はつかなかった。恐ろしい神経戦だった。足元が悪い上に地響きがする。転んだらおしまいだとわかっていながら、攻める時にはそんなことはおかまいなしだった。既にどちらも息が上がっている。おまけに何度も大きな地響きがあって壁が崩れかかっていた。二人とも大きな傷こそ負っていなかったが、頭上から降ってくる物で額は細かい傷だらけだ。さらに数分、大きな石をよけながら打ち合い、これは持久戦になるとシルヴィが思ったその時、レドナップが落ちてきた石を踏んで後ろに転んだ。シルヴィがそれを見逃すはずはなく、レドナップの胸に一突きを入れた。 この時、三人がやってきた通路の奥から地鳴りのような音がし、とうとう壁の岩がガラガラと崩れて落ちた。シルヴィはエリザベスをかばって地面に伏せた。 あれほどひどかった砲撃が止んだ。今までの地鳴りの音が嘘のように、あたりは静まり返った。 気づくとレドナップが虫の息でつぶやいていた。横になった身体が細かい石や埃をかぶっている。 「――あの地図は……」 シルヴィが気づいて、一瞬躊躇して答えた。 「――贋物だった。私が描かせた。設計図は別の通路にあって、ヘンリーに持ち帰らせた」 「――では、本当にあったのだ……」 レドナップは最後にそう言って微笑み、静かに目を閉じた。胸の上に突き刺さったサーベルをシルヴィが抜くと、服の上に赤いしみが一気に広がった。 「エリザベス……」 持っていたナイフでシルヴィはエリザベスの腕をくくりつけていた細い縄を切った。エリザベスは恐怖に震えて口がきけなくなっていたが、シルヴィに抱きしめられて自分をようやく取り戻した。 「怖かったか。すまなかった。まさか君を巻き込もうとは……」 「……私は……私は、大丈夫です。それよりあなたが……あなたが死ぬかと――」 エリザベスはここに来て初めて涙が落ちるのを感じた。 「もうフィリップは助けにいけないわ……あれでは」 砲弾の音はやんでいたが、食糧貯蔵庫につながる通路はもうすっかりふさがっていた。しかし、シルヴィは苦笑いしている。 「君という人は……自分が助かるかどうかもわからないと言うのに……フィリップはヘンリーが助けた。たぶん間に合っているだろう。私は町から通ずるトンネルを伝ってきたのだよ。それより、私たちは……」 エリザベスはそれを聞いて泣きながら微笑んだ。 「私、あの地図の道を覚えているような気がしますの。水路に繋がる方」 |
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